REST LIFE

だって、生きづらいんだもん!

子育ての 「みんなと同じ」を考える。協調性と個性のバランス

ある日、お店に幼い子を連れた家族がやってきました。

すると、その子どもは無邪気にもお店の商品を手に取ってしまいました。

母親はすぐに「お店の物を触っちゃダメ!」と叱りました。

子どもが「なんでダメなの?」と尋ねると、母親はこう説明しました。

「みんな、そんなことしてないでしょ?」

「そんなことしてるのはあなただけだよ。恥ずかしいからやっちゃダメ。」

 

それを聞いて、私は昔の記憶が蘇りました。

そういえば、私も幼い頃、よくそんなことを親に言われてたっけ…

 

この「みんなと同じ」は、子育てにおいてすごく便利な言葉ですよね。理由を深く考えずに、その場をしのげるのですから。でも、結局その言葉が子どもの考える力を削いでしまうのです。

 

今回は、「みんなと同じ」を使った子育ての課題と、協調性と個性をどう育むかという内容についてお話しします。

1.どうして「みんなと同じ」が大事なのか?

家から出ると、そこが保育園であれ学校であれ、集団生活が始まります。他の人がいる場では、自由勝手な行動ばかりしているわけにはいきません。

衝突を避けるためには、ルールが必要です。人が多くなると、そのルールを守ることが集団の秩序を保つ鍵になります。ルールを破る人が出ると、集団はまとまりを失い、衝突が増えるからです。

家の外には、個性の異なる人たちが集まります。衝突を避けるために、協調性が求められるのです。

日本の歴史から見た強調性

日本は昔、稲作を生業として生活していました。

稲作はムラ社会によって行われており、そこでは、平和であることが最も重要でした。

そのため、和を乱す考え方は排除する必要がありました。

こうして、目立たずにみんなと同じ行動をとることが、日本人の潜在意識の中に刷り込まれました。

「みんなと同じ」を大切にする、日本の国民性

国民性の違いを表した面白いジョークがありますので、ご紹介します。

ある豪華客船が航海中に沈みかけました。船長は、乗客に速やかに船から脱出して海に飛び込むよう指示しなければなりませんでした。船長はそれぞれの外国人乗客にこう言いました。

アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」

・イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」

・ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則です」

・イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」

・フランス人には「飛び込まないでください」

・日本人には「みんな飛び込んでいますよ」

いかがでしょうか。日本人がいかに昔から「みんなと同じ」を意識しているかがわかりますよね。だから私も子どもの頃、親から同じようなことを言われていたのですね。

2.叱る時に「みんなと同じ」を使うとどうなるのか?

物事を考える時、他人任せになってしまう

困ったことが起きた時に「みんなと同じ」が判断基準になると、自分で考えず、他人に任せがちになります。

例えば、高校卒業後の進路に迷っているとします。本来なら自己分析をして将来の方向性をじっくり考えるべきところを、「みんなが進学しないで就職するらしいから、自分もそうしよう」と決めてしまっては、よくありません。

あなたの人生は、あなただけのものです。育った環境や個性、能力も人それぞれ違います。だからこそ、自分自身と向き合い、自分だけの道を歩んでもらいたいですよね。

多数決に依存してしまう

子ども社会で「多数派が普通で、少数派は普通じゃないから恥ずかしい」という考え方は、大人になると「多数派が正しく、少数派は間違っている」という考えに育っていきます。これが、多数決の正義を生み出してしまうのです。

例えば、保育園の役員会で「今度開催する総会を全員参加にすべきか、自由参加にすべきか」について話し合ったとします。

多数の人が全員参加を推しています。その理由は「今後の運営に関わる大事な会なので、みんなが責任感を持って絶対に出席すべきだから」とします。

しかし、あなただけが自由参加にすべきと考えています。理由は「今後の運営に関わる大事な会なので、もちろんなるべくみんなが参加すべき。でも、平日の夜7時に子連れで参加するのは保護者の負担が大きすぎる。兄弟のいる家庭や、仕事のある家庭、他の家族の助けを受けられない家庭もあるだろう。なるべく参加すべきではあるが、事情がある人のことも考慮して、自由参加にすべきである」とします。

この場面で、「すごく発言しづらい…嫌だなぁ…そもそも役員なんて引き受けなきゃよかった」と思ってしまうかもしれません。自分にははっきりとした考えがあるのに、多数派の意見に反するため、発言することにプレッシャーを感じてしまうのです。これが、同調圧力です。

同調圧力は生きづらさを生む

同調圧力とは、集団の中で多数派に合わせなければならないという圧力のことです。
学校などの集団生活の場において、仲間外れにされることや差別視されることを恐れて、人の意見や行動にいやでも合わせなければならないという無言の圧力のことです。

皆さんも、どこかで感じたことがあるのではないでしょうか?

本当は貫きたい自分の意思があるのに、仲間外れが嫌でつい人に合わせてしまうこと。それが結局、個性を発揮できない生きづらさの原因になってしまうのです。

3.具体的な使い分け

では、どんな時に「みんなと同じ」を使えばよいのでしょうか?

ポジティブな場面で使う

例えば、子どもが家から外に出たがらない時、「みんな外で楽しく遊んでるよ。○○君も行ってみたらどう?」と言うことができます。他にも、子どもが服選びで悩んでいる時、「こっちの服はどう?みんな着てるから、今流行ってるんじゃない?」と言うこともできます。

「みんなと同じじゃないと恥ずかしい」というネガティブな方向ではなく、「みんなと同じだと楽しそう」というポジティブな方向で使います。

「でも、自分はみんなと同じじゃなくて、こっちがいい!」という強い意思があるなら、それは立派な個性だな、と私は思います。

我が家の場合

冒頭にあった、お店の物を子どもが触ってしまった時のエピソードですが、我が家の場合はどう説明しているのかをお答えします。

「もしも〇〇君がお店の物を買って、それが壊れていたどう思う?」

「きっとショックだよね」

「だから、壊さないように、最初から触らないようにするんだよ」

このように答えます。(もちろんいろいろな答えがあると思いますが!)

たとえ子どもであっても、妥協せずに「なんで?」を深掘りして答えられたらいいなと思っています。

 

もしも、「みんなと同じ」をポジティブに使うのなら、こうでしょうか。

「他のお客さんのことを考えられる大人って、かっこいいよね」

「〇〇君も、かっこいい大人になりたかったら、お店の物を壊さないように、はじめから触らないようにしようね」

 

まぁ、実際の育児の現場は余裕がないので、咄嗟にこんな回答が出てこないと思います。

日々の生活に中で意識していることが大事ですね。

 

私は、自分の子どもが将来大人になった時、問題に直面しても、物事を深く考えられるよう人になってほしいのです。

学校でいじめが起きた時に自分はどうすればいいのか… 進路に迷ったらどうすればいいのか… 会社での打ち合わせではどう発言すればいいのか… 結婚相手をどう選ぶのか… 子どもが生まれたら保育園に入れるのかどうか…

生きていると、自分の行動を選択する場面がたくさんあります。

しかし、自分で考える力がなければなりません。だって、自分の人生は自分だけのものなのですから。

 

雑記|動画メディアの魅力!テレビより自由な討論


お久しぶりです。

「雑記でもいいから毎日更新しよ♪」と思いってはいますが、
なかなかうまくいかない日々。
本当は、日々サクッとかけたらいいぁと思うのですが、
なかなかうまくいきませんね。


さて今日は、最近私がはまっているものをご紹介したいと思います!
それは「動画メディア」です。

動画メディアにはまったきっかけは、
ずばり、テレビが面白くないからです!!!
なので我が家では、テレビをほとんど見ません。

なぜテレビが面白くないかというと、
見たいものがないからですね。

では、なぜ見たいものがないかというと、
同じものしかやっていないからです。

ではでは、同じものってなんなん?というと、
大食い、衝撃映像、お笑い、、、などですね。

特にニュースは、取り上げる内容が同じように感じます。
芸能人の不倫とか、ゴシップ関係がそうですね、、、
そもそもテレビに出ている人に興味がないので、
それがタレントであれ歌手であれお笑い芸人であれ、
個人的にはどうでもいいのですが、、、
ずっとニュースでやっている時ありますよね。
でもこんなニュースを取り上げて、
私たちの日々の生活は何も変わりませんよね。
つまりは、そんなものを知ってもまるで無駄ということです。

円安や物価高、エネルギー問題をかかえて、
日々の生活にヒィヒィしている今、
私たちが本当に欲しい情報はなんなのでしょうか?

企業の動き(雇用や働き方や賃金)、税金や手当、政治の動き、
世界情勢なのではないでしょか?

特に私は子育てをしているので、今後、
子育て共働き世帯はどうなっていくのかを知りたいのです!!(熱弁)
話がそれてきましたね、失礼。

じゃあ、なんで同じものばかりやってるの?というと、
視聴率があるからですよね。

視聴率が安定してとれるものしか流さない。
エッジの効いたものを流して反感を買いたくないというやつ。
平日の昼番組の出演者選びにおいて大切なのが、
「主婦に人気なタレント」であることよりも、
「主婦に嫌われていないタレント」であることの方が
重要って言いますからね。
(あるTVディレクター談。ソース元忘れ)

つまり、視聴率低下を避けるために、
安定した内容を提供をしている現状があるということですよね。

そぉりゃぁぁぁ
つまらんよなぁぁぁあーー!!

世の中にはいろんなことがあって、
ネットが盛んで新しい技術やコンテンツが生まれているのに、
テレビは安定思考で同じ内容ばかり!

そんな時になんとなくYoutubeを見ていたら、
動画メディアにたどり着いたのです。


なかでも特に最近ハマっているのが、
「ABEMA TV」と「ReHacQ-リハック-(Youtube内)」の2つです。

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ABEMA TV

https://abema.tv

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ReHacQ-リハック-

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どちらもエッジが効いていてとても面白いです。
大手企業を退職した人たちが、
「退職したからこそできる、立場を気にしない赤裸々な事実と発言」をしてくれたりします。
もしろん、退職していない人もいますが。
真剣に語ってくれます。

テレビって結局、自分が所属しているグループに縛られてますよね。
これを言ったら会社のイメージダウンにつながるとかね。
また、そもそもテレビ局自体にも縛りがありますよね。

そんな縛りがなく、
企業、働き方、雇用問題、性別問題、少子高齢化、政治、、、
その他もろもろ社会問題にちてガンガン討論してくれるのです!!

個人的に面白いポイントとしては、
放送時間の縛りがないので、「もうちょっとここの話を広げてみましょう」と
あえて脱線した話しをして、話の外枠を広げてくれるところです!
もしもこれがテレビなら、尺の問題でカットされていたことでしょう。
しかしネットの動画メディアだと、それを全部見ることができます。
頭のいい人達の話は、脱線すら面白いのです!!!

たまにおちゃめな面も見れたりしてね。
人間らしさが見れて、親近感を覚えます。
テレビの出演者って、
私的にはなんかキャラを作ってる偽物な感じがするのです。
そして、そんな一面しか見ていない我々は、
ある時その出演者がちょっとした問題を起こすと、
めちゃめちゃバッシングしたりしませんか?
「イメージと違った!そんな一面があったとは」とかね。
いやいや、人間はもとからいろんな面があって、
テレビではその一面しか見せていないだけなのに。

そして、見ていてすごく感じるのが、
出演者の「日本を良くしたい!」という強い気持ちです。
視聴率や立場の安定ではなく、
「日本を良くしたいからそのために出演して、
自分が持っている知識や情報を提供してくれている」
そんな感じがビシビシ伝わってくるのです。

こんなのが見たかった!!!
こういうところから、少しすつ世の中が変わっていくのかなと思います。

最後に注意事項として、
エッジが効きすぎているので、心を平和にするために、
後でテレビのゆるい内容を見てほっこりさせることをおすすめします。


最後に、適当なイラストをアップ。



www.youtube.com

変化する家族の形。どうでもよかった存在が、大切な存在になるまで。

みなさの親兄弟との関係は、良い方ですか?
「自分が子どもで、父母が親だった頃の家族」の形はどう変化してきましたか?
私は、自分に子どもができて親になり、自分の家庭を持ったことにより、生まれ育った家族との関係が大きく変わりました。

祖母が毒親ということもあって、私の実家は一時期には家庭崩壊を起こしていたこともありました。そんな私にとって、家族というものに価値を見出せませんでした。それが人生の歩みの中で「なるほど〜家族ってだから必要なのね〜!」という理解に至るまでの話しをします。

ここでは、「家族なんて必要なくね〜?」と思っている人に向けに書いてます。もしくは、自身がひどい家庭に育ったことにより、家族に希望をあまり抱けない人向けに書いています。

あくまでも私の場合ではありますが、「家族の形って変化していくから、全てを諦めないで」というメッセージです。

【家族のステージ1】 自分のこども時代〜家族がひとまとまり〜

学校や家族の行事など、楽しいことをみんなで共有。みんめんどくさいこともありますが、良くも悪くも家族はひとまとまり。離れたくても離れられない関係。家族仲は最悪で、家庭崩壊を起こしていたので、すぐにでもこの家から抜け出したいと考えていました。

【家族のステージ2】 独身時代〜親と子がバラバラ〜

私は高校生から一人暮らしを始め、30歳で結婚しました。16歳から一人暮らしを始めて14年になり、いよいよ人生の半分が一人暮らしになるという時期でした。自分で稼いだお金で生活する。生きる上で家族の必要性はあまりなく、時々淋しいから「一緒にどっか行こうか」という程度の関係でした。

【家族のステージ3】 結婚・子育て時代〜自分の家族ができる〜

①儀式に必要な、親

この先もずっと1人で生きていくんだろうな、と思って仕事に全てを捧げた生活を送っていました。しかし縁あって、結婚するにことになりました。結婚するためにはお彼を親へ紹介したり、両家家族の挨拶が必要です。そして法律上の手続きにも親は必要でした。それはつまり婚姻届に親の印が必要ということです。今までより格段に、突然「親」の出現率が高まります。。家族の仲が悪い人は…最悪ですね!関わりたくないのに関わらないといけないのですから。そして私は、両家家族の挨拶の時、「彼のご両親に、私の親を紹介するだなんて…恥ずかしい。こんな人たちだけど大丈夫かな?」と、同時は憂鬱な気分でした。

②情報提供者としての、親。

結婚の後は子育てが待っています。初めての妊娠・出産・子育てでてんやわんやの私。まさか結婚するなんて思ってなかったので、子育に関する知識は全くありません。そこで経験者である親から情報収集することにしました。「お母さんの時妊娠中どうだった?」「母乳って出た?私もお母さんと同じかなぁ?」そして経験者は流石で…とても勉強になりました。それまではどうでもよいと思ってた親への目線が、途端に尊敬へと変わりました。

③人手を補ってくれる、親。

出産直後の痛みと疲労の激しい体において、家事育児はそれは大変なものでした。私は対策として自分の親を召喚し、簡単な肉体労働をお願いしました。「お風呂に入りたいから、その間赤ちゃん抱っこしてて!」「オムツなくなった…ごめん、買って来てくれる?」などです。「育児の助っ人として動ける大人=人手」として助けてもらいました。「助けてくれれる大人、ほんと助かる!赤ちゃん見ててくれるだけで助かる〜!」私は妊娠中、なんとか1人で子育てできるやろ、と簡単に考えていました。しかし現実は違っていて、出産直後は誰かの助けがないと生活できませんでした。夫には育休がなかったので、頼れるのは自分の親だけでした。そうやって育児の窮地に立たされて、初めて親のありがたさに気づいたのでした。

④意外な一面を知る。良い循環が生まれる。

子連れで実家に帰ると、それまで見たことのない意外な家族の一面を見ることができます。例えば姉です。子供の頃、一緒に暮らしていた頃の私たちは、中の良い関係ではありませんでした。姉自身の性格は、人間関係めんどくさいというような人間でした。それが、そんな姉が…なんと子どもをあやしてくれたのです!娘もそんな姉のことが好きになったみたいで、姉と娘はラブラブな関係になりました。そしていつの間にか娘の方が「また遊びたい」から実家に連れていけと言うようになりました。子どものおかげで会話も広がって、姉とはだいぶ仲が良くなりました。もちろん、同じ経緯で親との関係も良くなりました。意外な一面に出会えた、というのも重要ですが、もう一つ重要なのものがあります。それは、「娘というクッションを挟んだことにより、良好な人間関係に変わった」というです。

⑤子育ての「大変」が「ありがたい」な親。

私が子連れで家に帰った時のことです。どうしても会いたい友達がいて、その間子どものことを見ててほしいとお願いすることがあります。子の親である私にとってそれは、面倒を押し付けるみたいで申し訳ない、という気持ちでした。しかしうちの親は「赤ちゃんといられる機会ができて、むしろ楽しみ!」と快くこどもを預かってくれました。よく、「自分の子より孫の方が可愛いく見える」と聞きます。自分が子どもを育ててる時は、喜びと同時に大変さがあるので、心から「こども可愛い!いえーい」とはならないのです。親としての責任や義務がありますからね。ですが育児が一旦終わって、定年を迎えた静かな生活の中で迎える赤ちゃんは、それはそれは可愛いのです。ましてや、自分たちの子ども対しては決してできなかった「甘やかすだけ甘やかす」をしたっていいんですからね。私の「大変」を「ありがたい」と思ってくれるのは、きっと「親・子・孫の関係のおかげ」と思いました。この関係性の尊さを知りました。

【家族のステージ4】 再び繋がりだす時代〜お葬式からの出発〜

昨年は、身内のお葬式に数回出席しました。するとどうでしょう、長年会っておらず連絡先すら知らなかった親戚に再会することになります。久しぶりに話してみると、実は同じ年齢のこどもがいたりして話しが盛り上がりました。それから連絡先を交換して、子ども同士で手紙のやりとりをするようになりました。これまで何の連絡もなく、「どこで何をしてるのかな」と思っていた親戚が、急に親しい仲になったりします。身内の人間が亡くなることは悲しいことではありますが、そこから新たに始まる関係性もあるのだなぁ…と、しみじみ感じました。

【家族のステージ5】 温かい家族の時代〜喜怒哀楽を共有できる仲に〜

最近の私は自分の親兄弟と、なんのモヤモヤもなく、気軽に話ができるようになりました。昔は険悪だった姉にもLINEで「おっけ、ありがと!」なんて感謝の言葉をホイホイ伝えます。また、彼のご両親とも気軽な仲になりました。彼の姉とは関わる機会があまりなかったのですが、最近結婚し、私と同じような経緯を経て仲良くなることができました。こうして、自分の親兄弟もそうですが、彼との親兄弟とも、とても良い関係になりました。

 

まとめ

家族の結びつきは、人生のタイミングによって変わってくるのだと感じました。
その大きな節目が、私の場合は冠婚葬祭で…特に子育てでした。

私が結婚した時は、家族は夫と娘だけで…まるで世の中を3人だけで生きていくのだと思っていました。しかしそれがいつしか、私たち家族はもちろん、お互いの両親や家族を含めて全体で10人くらいの大きく温かい家族になっていました。
困った時は助け合えるし、楽しいことは分かち合える大きな家族になりました。これは、独身時代にひとりぼっちで生きていた私には、まったく想像できなかったことです。

それには、お互いの努力も必要です。


相手のタイミングも必要で、相手がこちらに寄り添える状態である時に、私からも助けと感謝を述べられる状態であることも重要だと思いました。

 

人生のなかで「家族っていらんわー」って思っていた時期が長くありましたが、それはいろんな波の中で終わりました。そして新しく、「家族っていいもんだなー」が始まりました。家族に希望なんて抱いたなかったのですが、まさかこんなに温かい家族を持てる日が来るとは。

 

生きていると何が起こるかわからないものですね。
人生には大きな海で、波は寄せては引いていく。
自分も、相手も、みんなそう。


ではでは。

未経験者向け。デザイナーの3つのタイプ。求められる3つのスキル。

私は業界未経験者にの人にデザインを教える機会が多く、「どうしたらデザイナーのそもそも」を教えてたらよいのか…と考えていました。

本屋に足を運んでは、何か良い本はないかと読み漁っていました。最近になって、ライターさんの本を読んだ時に、「あ、これはデザインにも同じことが言えるかも!」という発見がありました。そこで、私が読んだデザインと文章の本の良いところを掛け合わせて、「デザイナーってこんなんだよ」をざっくり説明していきたいと思います。

 

デザイナーのタイプ、3種類

デザイナーっていろんなデザイナーがいるじゃないですか。例えば、DTPデザイナーやWebデザイナー、パッケージデザイナー、ロゴデザイナーなどがそうです。でもね、広告・制作会社に入社したらそんな細かない役割なんて関係ありません。振られた仕事はぜーんぶやります!!
そこで数年勤務していると、会社の中でもなんとなくカテゴリー分けされてきます。「Aさんはチラシは得意だけど、コンペ向きじゃないんだよね。細かく指示を出さないと作れないんだよね。」「Bさんは下手ではないけれど飛び抜けてすごいわけでもない。それでも合格点のクオリティをいつも出してくれるから、会社としては助かる。」「Cさんはコンペやブランディングみたいな、オリジナルの世界観を作るようなものが向いている。」などです。え、何…それってどういうこと…???
というわけで、そんなデザイナーのタイプを大きく3種類に分けてみると、こんな感じになります。

*1

 

もっと細かく分けようと思えば分けられますし、その会社の風土によっても違いはあります。ですが私は、この3種類の分け方がしっくりきました。

 

一般の人が思い浮かべるデザイナー像は「アート系デザイナー」

みなさんは、デザイナーといったらどのような人物を思い浮かべますか?私は「聞いたこともないようなカタカナの業界用語を使う、基本寡黙な人。おしゃれメガネにおしゃれで奇抜な服を着ている。頑固でとっつきにくい。」ようなイメージでした。そして、「センスがないといけない」と思い込んでいました。しかし実際はなんと、そんなデザイナーは全体の一部でしかなかったのです。

 

企業の目標に寄り添う「商業系デザイナー」

広告代理店には、この「商業系デザイナー」が多いと思います。例えば、企業からイベントで集客を望むためのチラシ依頼がきたとします。そこでデザイナーは、集客を望むための表現方法を戦略的に考えます。コピーはもちろん、インパクトのあるタイトル表現を模索します。紙面を作って終わりではなく、その後の集客や売上など、企業側の要望に応えることを目的としています。戦略が好きな人、論理的な人はこれがすごく向いてます。また、コミュニケーション能力が求められます。

 

指示通りにこななす、オペレーター系デザイナー

「デザインオペレーター」という職種がそれにあたります。上司の指示のもと、言われたとおりに作業するのがオペレーター系デザイナー(デザインオペレーター)になります。ここに創造性はありません。デザインの初心者はまずここからスタートします。指示通りに作業を行う中で、デザイン業界やルール、基礎に慣れてもらいます。オリジナリティも戦略も必要ありません。「私はイラレを触って、何か作る、ただそれだけで幸せ」という人は向いています。

 

デザイナーに求められるスキル

さて次は、デザイナーにはどんなスキルが必要なの?って話をします。実は、だれでも努力さえすれば、それなりに一人前のデザイナーになることができます。

*2

 

間違いがない

どんなに素敵なデザインをしたとしても、内容に間違いがあれば作り直しです。例えば、1個100円のパンを間違って1個10円と間違えて書いてしまい、新聞に掲載されてしまったらどうでしょう?最悪ですよね!!!再び新聞で「お詫びと訂正」広告をうつのか、それとも店頭で謝罪ポップをおくのか…。クライアントに迷惑をかけてしまいますよね。この「間違っていない」ことは、情報発信分野における絶対条件ですよね。

 

的確に伝える

簡単なようで難しい、的確に伝えるということ。例えば、焼肉屋さんのポスターを依頼されたとします。その依頼内容が「美味しい焼肉をみんなに食べてもらいたい!だってすごい美味しいんだよ!デザインはそうだなぁ…かっこいいのが好きだから、シンプルな焼肉の部分はイラストで描いてほしい」だったとします。多くの場合は次のよう方法を提案します。「食べ物のデザインで大事なことは、まず、食べ物を美味しく見せることです。焼肉を美味しそうに見せる手法としては、イラストよりも写真の方が効果的すよ。燃える火や、焼けた肉から肉汁がしたたる写真の方が、絶対食べたくなりますよね。その上で、フォントや背景など全体の雰囲気で、カッコ良くしましょう。」となります。ここでは、「1番重要なのは美味しい焼肉をみんなに食べてもらうこと。2番目に大事なのがデザインのカッコ良さですよね」と整理します。伝えたいことの優先順位を構築し、それに沿った視覚的表現をするということが、的確にデザインするということです。こうして、クライアントが本当に伝えたいことがきちんと消費者に伝わるようにします。

 

独創的なデザインをする

オリジナリティとか、センスとか言われちゃうやつがこれです。ある程度は努力でオリジナルっぽいものが作れます。単純に「デザインの基本や王道から少しずれたものをやる」という手法がそれです。また、いろんな人の作品を見てアイディアの引き出しを増やすこよでできることがあります。ただし、ここから「生まれ持った才能」とか「育ってきた環境」など、他の人がどう頑張っても追いつけないような次元に入ります。もうこれはあれですね…いわゆる「はい、天才〜〜」ってやつ。

 

まとめ、デザイナーのタイプと求められるスキル

では、今までのことをまとめたらこうなります。

未経験者の方はまず、オペレーター系デザイナーとして間違いのないものを着実に作っていきます。そうして知識や経験を積むことで、次は戦略的にデザインができるようになります。的確に伝えることができ、クライアントの目標を達成できる商業系デザイナーにステップアップします。そして、業界の全体が見渡せるようになった段階、3年目あたりが「一人前のデザイナー」と呼ばれるラインです。そこからさらに、独創性をプラスできるようになるとアート系デザイナーになります。ここからが…マジでプロな濃ゆい世界です!!お楽しみに!!!

 

最後に

いかがでしたでしょうか。自分がDTPデザイナーにしろwebデザイナーにしろ、この「タイプとスキル」は共通すると思います。「自分には個性もセンスもないから、デザイン向いてない」と言う人もいます。しかしどうでしょう?個性やセンスがなくても、デザイナーとしてやっていける領域は広いと思いませんか?

そしてもちろん…一人前になるためにはそれ相応の地道な努力が必要ということも……(フフッ)

*1:内田奈津子 (著)『デザインよろしく』から参考にさせていただきました

*2:佐藤友美 (著)『書く仕事がしたい』から参考にさせていただきました

あなたの「毒親と私の物語」はなんですか?そのエンディングは?

みなさんの親は「毒親」ですか?
私の親は、YES!毒親です。

 

先日、とある本を読みました。その本の内容は、私が体験した「毒親と私の物語」とよく似ていました。ページを巡るごとに、忘れていた昔の思い出が次々と蘇ってきました。せっかく昔のことを思い出したこの機会に、私が昔体験したことをここに残そうと思いました。
(辛いエピソードの詳細を生々しく書いてしまうと、読む方も心がやられてしまうので、そのような内容はなるべく避けて書こうと思います。)

私の場合の、毒親

私の場合は、育ての親である祖母が毒親にあたります。祖母が毒親だったからこそ、嫁いだ母が精神的に病んでしまい、両親が離婚するに至ります。そして私たちは父に引き取られ、毒親である祖母に育てられることになりました。

毒親という言葉が無かった、あの頃。

私がこどもの頃は、毒親という言葉はありませんでした。もしも当時、そんな言葉があると知っていたら…きっと自分の置かれた状況をもう少し的確に判断していたことでしょう。そしてもう少し、前向きに行動できていたかもしれません。祖母は「自分は全て正しい。それに反対するお前たちは間違っている」と言う人でした。幼く純粋な私たちはその言葉を信じ、悪いのは自分達だと思っていました。ですがあの頃、祖母が「毒親」だと分かっていたら…誰かに助けを求めることぐらい、できたかもしれません。

家庭の中で唯一、自分の意思を通す力。「暴力」。

毒親がいるということは、その家庭はボロボロです。そんな環境において、反抗期を迎えた兄は家の中で暴れまくっていました。家の中の物をかたっぱしから投げて、破壊し、私は毎日暴力を受けていました。兄にとって「暴力」しか、自分の意思を通せなかったのかもしれません。狭くて閉ざされた世界において、何か常識なのか、何か正解なのかなんてわかるはずもありません。当時はネットもスマホもない時代。全てを「こどものせい」だと言われて、もがくしかなく…そこで唯一、自分の意志を通す方法が「暴力」でした。常識も理屈もない世界は、力があるものが強者だった…現代とは思えないまるで野蛮な世界。

こどもは家庭から世界を見ている。

「困っていることがあるなら、誰かに相談すればいいじゃない」、実はそんな簡単な一歩が踏み出せません。そんなことをしても意味がないと、諦めているのです。自分が救われる未来や希望が描けない、擦れ切った心で生活しています。相談するべき大人が、自分の味方をしてくれるかもわかりません。なぜなら、世界で一番自分を大切にしてくれるはずの家族が、自分の味方をしてくれないのですから。家庭は世の中で一番小さなコミュニティです。その家庭に希望を見出せないと言うことは、世の中にも希望を見出せないということ。こどもは家庭から世界を見ています。家庭に希望を見出せいないということは、世の中のどこにも希望を見出せないのです。

「話が通じない」存在を知る。

私が最近気づいた事実があります。それは、世の中には2通りの人間がいて、「話が通じる人」と「話が通じない人がいる」ということです。毒親はもちろん後者で、どんなに巧みに日本語を使っても、お互いの思いが通じることはありません。例えるなら、「話が通じる人」は自分と同じ地球人で、多少会話の食い違いがあっても、工夫次第で意思疎通ができます。しかし「話が通じない人」は宇宙人です。日本語を喋ってくれてはいますが、価値観や人間的な部分が決定的に違うので、分かり合うとはできません。こういう人と出会ってしまった場合は、努力が虚しく終わるだけなので、とにかく関わらないようにするしかありません。

毒親環境で培われる、空気読み能力

基本的に毒親には常識が通用しませんので、いつどこで怒りが爆発するかわかりません。また、その怒りの理由もよくわかりません。そこで、日々空気を読み、怒らせないことが大切です。そんなことをしていたら、いつの間にかこどもは「人の顔色を気にする人」に育ちます。そして、もともと繊細だった性格が、より繊細に敏感に育ちます。

切れない家族の絆。大嫌いだけど、大好きでもいたい。

「そんなに困っているなら、突き放せばいいじゃない。」「関わらなければいいじゃない」そう思うかもしれません。その通りです。それが正しい方法です。しかし、自分自身の力ではなかなか家族の縁を切ることができません。幼い頃の自分にとって、家庭が世界のすべて。親がすべてです。「私達を捨てないでいてほしい」気持ちと、「愛されたい」という気持ちがありました。辛い日々だからこそ、親の「愛や絆」という可能性を捨て切れずにいました。また、時として本当に優しい一面も持っているのです。「私が頑張って耐えていれば、またあの優しい時間に戻れるかも」という思いが、家族の絆を切れなくしていました。

友達と私の間にある、超えられない壁。

若かった頃の私は、思春期と家庭の事情が重なって、とても情緒不安定でした。友達と自分との家庭環境の違いを比較しては、毎日泣いていました。「どうして他の子は、最初からふつうの家庭を持っているのだろう。」「なんで私の家はこんなにぐちゃぐちゃで、みんなが当たり前のように持っているものが、努力しないと手に入らないのだろう」と、落ち込んでいました。みんなのようになりたくて、日々もがいていました。それでも、友達と私の間には、超えられない高い壁がありました。家庭の要因により、「私は決定的な何かが欠如していて、みんなと同じになれない」と思っていました。それでも社会になじむためには、「私はみんなと同じ」姿を演じていました。

絶対に忘れらない恨みや、妬み。

私が祖母から受けた影響は大きく、「一生恨んでやる!この恨み、絶対忘れるもんか!いつか必ず後悔させてやる!」と思っていました。私が、人の顔色をうかがう性格になってしまったり、敏感な性質になってしまったのも、多少家庭環境の影響があると思います。苦労した日々や泣いた日々を思い返すと、こんな環境に私を追いやった毒親に対する怒りは、すさまじいものでした。

世の中にある、沢山の「毒親と私の物語」。

「親ガチャ」や「毒親」という言葉が広まった背景には、親子関係で悩んでいる人の多さが関係しているのでしょう。つまりこの世界には、沢山の人々の「毒親と私の物語」があるということ。そして、私の「毒親と私の物語」は、ある日突然終わりを迎えました。

危篤の毒親

今年、祖母は他界しました。祖母の病状が思わしくないと連絡を受けた時、私は何の感情も抱きませんでした。病院の面会さえも、めんどくさいな、とさえ思っていました。しかし、もし祖母が亡くなって「あの時面会しておけばよかった」という後悔はしたくありませんでした。それは私自身のポリシーに反する行為なので、半ば仕方なく祖母に会いに行くことにしました。私は地元に帰省し病院の面会へ行くと、祖母はほとんど眠っていて、運が良ければ時々意識が戻るような状況でした。

「愛おしいあの頃」に戻れたひと時。

私が地元に帰省していた期間、最後の面会日。いよいよ明日は帰るという、最後の面会日。それまで苦しそうに眠っていた祖母が、はっきり意識を取り戻しました。そして、私と姉の顔を見て、満面の笑みを浮かべました。病気により、残念ながら声を出すはできませんでしたが、その顔には「会えて嬉しい!」という思いが現れていました。

そして、ついに最後の面会時間が終わる頃、祖母は必死に何かを訴えてきました。声が出ないので、何を伝えようとしているのかわからず、私たちは困ってしまいました。しかし祖母は自分の言葉が伝わらないとひどく悲しそうな顔しました。それを見た私は「これは、ちゃんと聞かないといけない」と思いました。そしてやりとりを何度をして、やっと、祖母が必死に伝えたかったことが分かりました。

「”また会いたい”って言ってる?」と言うと、祖母は満面の笑みで頷きました。

自分の伝えたかった言葉が通じて安堵していました。私は「もちろん、また会いに来るよ」と答えました。

「だって、おばーはいつも会ったら最後に、"また会いたい”って言ってるじゃん。だからしゃべれなくても、”また会いたい”って言いたいの、私にはわかるよ。もちろん伝わってるよ。そんなの、当たり前じゃん!」

「だから絶対、また会いに来るよ。」

そう最後に笑いながら言って、みんなの笑顔の中、私たちは面会を終えました。病室を出た後、私と姉は泣いていました。最後にちゃんと「お別れができた」と思いました。もうこれで満足だと…いつ祖母が亡くなっても、悔いはない、と思いました。最後に、幼い頃の「愛しいあの頃」に持ったかのような、大切なひと時を過ごせたことに、私の心は満たされていました。

毒親と私の物語」の、終わり。

それから1ヶ月も経たずに、祖母は亡くなりました。
私は長年、毒親である祖母を恨んでいました。強い怒りや憎しみを抱いていて、「一生許さない、どこかで後悔させてやる」と思っていました。私は最悪な家庭環境の中で、沢山の辛い経験をし、沢山の苦労をしてきました。それと同時に、沢山の愛おしい家族の思い出もありました。
「思い出の全部を、黒く塗りつぶしていいのだろうか。それはもしかしたら、ただ虚しいだけなのではないか?」と、私はずっと考えていました。そして祖母は最後に、毒親としての自分を、水に流す機会をくれた」と思いました。

生きていた最後の時間に、祖母は意識を取り戻して、私たちは「愛おしいあの頃」に戻りました。言葉では言わなかっけれど、お互いに「大好きだよ」の気持ちは通じ合えました。辛いこともあったけれど、楽しかったこともありました。毒親への恨みや苦しみにまみれた思い出を、最後に大好きだった「祖母」に戻り、「きれいな思い出」に塗り替えてくれたのです。

「終わりよければ全てよし」という言葉がりますが、辛かった日々をなかったことになんかしたくはありませんが、「終わりよければ、まぁ、よしにしてやろうじゃないか!」と思うことにしたのです。

私は「毒親」ではなく、自分達を育ててくれた大切な「祖母」にちゃんとお別れできました。偽りのない気持ちで、最後に「大好きだよ」を伝えることができました。そうして私は、毒親から受けた「毒」の部分を、浄化することにしたのです。

毒親と私の物語」、兄の場合。

私と姉は祖母のお葬式に参列しましたが、兄はお葬式はもちろん面会にも来ませんでした。兄は私以上に祖母に対する恨みが強かったのです。きっと兄の中には、まるで毒のように、辛かった思い出や、毒親だった祖母の姿が生き続けるのだと思います。だって彼は、毒親とのお別れをしなかったのですから。彼の中の「毒親と私の物語」は、きちんと終わりませんでした。これから多分、長い時間の中で徐々に記憶が薄れていくことで、彼の中の「毒親と私の物語」が少しずつ終わっていくのでしょう。

 

毒親と私の物語」はきっと、家族の形の数だけ…
人それぞれいろんな終わり方があることでしょう。

 

あなたはの親は、「毒親」ですか?

あなたの「毒親と私の物語」はなんですか?

その物語は、どんなエンディングを迎えましたか?

 

願わくば、少しでも「愛おしいあの頃」に戻れた、
救いのあるエンディングでありますように。



 

「センスがあっていいね」は、その人の努力を無かったことにする。

私は、まぁ見てのとおり、デザインもすればイラストも描きます。

デザインとイラストに共通することでよく言われるのは「センスがあっていいね」です。
もしくは、「親の遺伝がうらやましい」です。

私はこの「センス」とか「親の遺伝」っていう言葉が好きではありません。これ、可視化できないですよね。実証したり数値化もできません。そんな得体のしれない「何か」に頼ったりするのって変じゃないですか?

ブログであげているイラストの制作時間は、長くて2時間です。背景に建物や小物を入れていないので、雰囲気仕上げるだけならこれくらいの時間で描けます。しかしこれは単に2時間で描いているわけではありません。「20年と2時間で描いている」のです。

それまで何もしてこなかった「私」という人物が、今日いきなり絵を描いて2時間で描けることなどあり得ません。これまで20年間の努力と経験があってこそ、2時間で描けるのです。もしも、私がこれまで何もしてこなかった人間であれば、同じように絵を描いたとしても2日以上はかかることでしょう。

私の家は、家系的にも美術を好む人が多く、私が美術コンテストで受賞する度に「血は争えないね」「蛙の子は蛙だね」なんて言われました。

ふっっざけんなぁぁぁ!!!!
バッキャロ〜ーー!

毎日人並み以上の努力をしているのに!
遺伝とかセンスとか持ち出して、私の努力を無かったことにすんな!!

と、幼い頃から思っていました。
血気盛んな若い頃は、怒り狂ってましたね。笑

実際、上兄弟2人は絵に興味がなく、毎日絵を描く練習もしませんでした。そのため、絵の道に進んだり結果を出したのは私だけでした。つまるところ、元来持っていた「才能(遺伝)×努力」が大事、ということです。


これと同じことが、デザインでも言えます。
「デザインのセンスがあっていいね」とか、「絵が描けるからデザインできるんだね」とか言われます。しかしですね、デザインは、努力と知識の賜物です。絵が描けることとデザインができることはあまり関係ありません。(別スキルです!!)

さて、デザインについての話しを少しします。
私がデザイン業界に入ってぶち当たった壁が、「勉強することの多さ」です。
ざっと思い起こしただけでもこれくらいあります↓↓↓↓
「依頼内容の情報収集」「ツールの使い方(PhotoshopIllustrator)」「書体選び」「写真選び・写真の色調整の仕方・写真撮影の仕方」「イラストのタッチ選び」「クライアントとの話し合い方」「スケジュールの考え方」「余白の使い方」「紙面の大きさに合わせた適切なフォントの大きさ」「色数の設定と、色数に合わせたデータ作成」「紙質の違いによる印刷の色の違い」「誤字脱字がないようなチェック体制」「媒体に合わせた、入稿データ作成」
などなど。

私が制作会社で働いていた頃、超多忙な時期の月の労働時間は400時間を超えていました。もちろん体調を崩し社員もいました。それでも当時は、深夜残業代がついたり休日出勤に手当がついたりもしませんでした。どんなに残業をしても、決まった金額の残業代しか出ませんでした。働いても働いても安いお給料、、、というのが、当時のデザイン業界でした。そんな労働環境で3年働いて、ようやく1人で最初から最後まで仕事ができるかな、という感じです。しかしそれでもクオリティは足りないので、最後は先輩デザイナーがブラッシュアップしたり調整します。

これからデザイナーを目指す人よ、、、めっっっちゃ努力することを覚悟してください。そして、めっっっっっっちゃ勉強が必要なことを覚悟してください。これが業界の現実や!学ぶこと多すぎて、寝る時間以外全部捧げて最低3年はかかるんやで!!この努力を「センスがあっていいね」で片付けんなや〜です。


今日、なぜこの話しをしたかというと、娘のことが関係しています。うちの娘6歳はとても絵が上手です。それをみんなが褒めてくれます。しかしその褒め方は「お母さんに似て絵が上手いですね」なのです。

いや、そうじゃないんや。。。_| ̄|○(((ガックリ)))
確かに遺伝もあるけど、本人の努力を見てほしい。。。。

そう、うちの娘、絵を上手く描くために毎日努力をしています。6歳の子の集中力は30分もありませんが、うちの娘は毎日1〜2時間は絵を描きます。なぜなら「ママみたいに絵が上手くなりたいから」です。

「憧れの人がいて、その人みたいになりたいから、毎日練習している」のです。
そんな本人の熱意や努力を、見てほしいのです。

私は娘にこう言います。
「ママのように絵が上手くなりたかったら、ママと同じように毎日努力しなさい。」


さてさて、うちの娘は将来どうなるのでしょうね。笑

親子の大切な時間

おいどん、こういう↑イラストも描きます。
すっごく「イラストっぽい感じのイラスト」でしょ。笑

浮世絵(パブリックドメインだよ☆)

浮世絵も大好きです。学生時代は浮世絵を模写しまくりました。
300枚以上描きましたが、実家がなくなってしまった時に全部捨てました。笑
浮世絵を少し現代のタッチに置き換えて描くのが超絶楽しい。。。
浮世絵って英語で「ukiyo-e」と書くみたいで、なんか字面に笑ってしまいました。

気持ちのおもむくままに描いた、イラストたち。

自由気ままに描きたいものを描いて、なんとなく自分のことが分かってきました。
描きたいモチーフや、描きたいタッチ。
作品が何枚か溜まったので、一気にアップしていきます。

こちらは家の中から外を眺める少女です。
「外へ行きたくない」と言うけれど、外を見てみたら自分が思っていたよりも世界は輝いていたりして。実は楽しいことがいっぱいあったりして。ただそれを見ようとしてなかっただけだったりして、、、ね。

空を見上げて考え事をする女性

こちらは、悩めるワーママを描いたものです。
様々な葛藤がある中で、それでも進むしかない悲しさと強さを描きました。
家事と子育と仕事に挟まれて1日1日を積み重ねるしかない毎日。
自分自身のことはどうしても後回しになってしまうことや、子どもが産まれて突然失ってしまうキャリア。
でも、家族や家族のいる生活の愛おしさもある。
必死に生きているけど、他の人からしたら「どこにでもいるただの女性」にしか見えない。
その胸の奥には、複雑な感情があったりして、、、ね。

素敵な笑顔の酪農家の家族

こちらは私の大好きな、農家さん。(←そりゃあ自分、農家育ちだもんな。笑)
広い空に広い大地、めちゃくちゃ可愛い牛たち!と、そこで暮らす家族!
牛さんたちはすっごく人なつっこいので、久しぶりに牛さんに会いたい!!
私の大好きな人たちと、癒される景色を描いたものです。

バルロフと戦うガンダルフ

前に描いたイラストを、デザインフレームにはめ直しました。
せっかくなので、全体の色も黒に変えて、少し組み方を変えました。



輪郭線がなく空気を描いたイラストも好きなのですが、やはり日本人としては線画を活かしたイラストが楽しいですなぁ!!線を引いている時は、浮世絵のような線を意識して描いています。服のシワのつけ方で空間が作れるんですよね。この線画を活かしたイラストをもう少し描いていきたいなぁと思っています。

デザインの話しもしたいのですが、デザインで得た知識や経験が膨大で、何をとこから話していいのやら、、、という感じです。

イラストを絵いている時に文章が書けないので、どうしても文章を書くことがストップしてしまいます。イラストを描く脳と、文章を書く脳は別なんですよね。


イラストを描くのって、本当に楽しいですね。
あ〜、心が洗われる〜!!